
- Image by sgs_1019 via Flickr
「進化する」とは、幻。
または思いあがり。
「古代の栄光」は、考えすぎ。
ところで、きみ、
「生きる」、
ことは、変わら
ない、
ずっと、
ずっと、
ずっと。

「進化する」とは、幻。
または思いあがり。
「古代の栄光」は、考えすぎ。
ところで、きみ、
「生きる」、
ことは、変わら
ない、
ずっと、
ずっと、
ずっと。

いのちの本質。
年齢でもなく、カタチでもなく。
ある島の、ある集落で考える。
ここには老人しかいない。
ここには100人しかいない。
しかしここにはいのちの輝きが溢れている。
古びた家
小さな水路
品数の少ない商店
ありふれた眺め
なぜだ?
入ったとたんに感じた明るさ、ぬくもりは何なのだ?
一人としてひとに出会わなかったのに。
最後まで感じたチカラは何なのだ?
いのちの本質。
それはおそらく「持続可能」が追っているもの。
重ねる時間でもなく、カタチでもなく。
何だろう。
”そもそもありのままの実在とは、人間にとって認知を超えたものである。人間は自然=世界をかならずひとつの意味あるコスモスとして、人間化して生きるのである。そして、混沌たる世界にひとつの意味ある枠組を与える作用をこそ、われわれは文明と呼ぶ。それ自体無意味な世界を意味あるコスモスとして再構成するのは人間の宿命なのだ。問題はその再構成された世界が、人間に生きるに値する一生を保障するかどうかにあるだろう。”
『逝きし世の面影』渡辺京二、平凡社ライブラリー、2007初版第15刷、p469-470
人々の心と生き方への洞察を欠いた環境論は、狂信にすぎない。
工業化より酷い弊害を、地球に残すだろう。