共通の未来のために-My feelings, when I think of our common future.

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またまた、ものの道理ということ。”東電救済で国民負担10兆円をおしつけるな”|河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり

In Uncategorized on 2011/07/01 at 17:56

このところ、決まった人の引用が多くて恥ずかしいが、道理について考えることが今の世の中、大切と思う。
「正義」の話しも大事だけれど、もっと生活に近くて根気のいる、「道理」のことを。

“ではどうすれば国民負担が最小化されるのか。…

…これで約10兆円になる。政府案では、この10兆円を使わないので、誰かがその分を負担しなければならなくなる。東電以外の電力会社に負担させれば、当然、電力料金が上がる。東電が機構に返済する原資も電力料金だ。国がお金を突っ込めば、それは税金による負担だ。

つまり、政府案は、株主と金融機関という最初に責任を負うべき者の責任を追及しないので(だから当然に経営陣も居座る!)、そして、積立金にも手をつけないので、その10兆円分が国民負担になる。

あきらかに公平性を欠く。さらに、巨額の負債を抱えた東電は、やる気のないままだらだらと存続し、電力改革の邪魔になる。

全く信頼できない経営陣を守り、現場で汗を流している社員の未来を曇らせる。事業再生をすれば経営陣は引責するが、新企業として再スタートを切ることができるし、電力体制も改革することができる。

国民に本来不必要な10兆円の負担を押しつける政府案ではなく、法的破綻処理による事業再生をすべきなのだ。”

引用元: 東電救済で国民負担10兆円をおしつけるな|河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり.

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たった百六十余年前の、相馬中村藩(福島第一原発の北隣)の再興事業

In Uncategorized on 2011/06/19 at 18:03

たった百六十余年前の、相馬中村藩(福島第一原発の北隣)の再興事業を読む。

自分たちが暮らす、自分たちが拠って立つ故郷の永続を願って君臣一体となり、道理を見極め地を慣らし制度を整え力を合わせ、必死で立ち向かう姿が、富田高慶氏の力強い文体に甦る。

報徳記(岩波文庫 復刊)。

原初の開墾以来、そこで暮らす人達によって連綿と守られ、生産を、生活を支えてくれた故郷、そこで暮らす人達を護り続けてくれた故郷は、この相馬地方だけではない。

数世代に渡り(現世代は、もしかすると「二度と」)立ち入れない地にする施策とは、何か。

なぜ、それが出来ない?

In Uncategorized on 2011/06/17 at 19:34

「里に破壊の家屋なく田に草莽の残れるなく五穀繁生経界正しく道路砥の如く水路の浅深其宜しきを得たり。」
報徳記 巻之二

なぜ出来ない?
故郷が、好きじゃないのか?

電力会社保護が、我々の国の成長抑圧要因であり続けたことについて。”小国寡民のエネルギー政策” 内田樹の研究室

In Uncategorized on 2011/06/16 at 16:24

安価な安定供給という貢献の一方で、それと両立すべきことを抑圧して来たのでしう。

“エネルギーもそうなるべきなのだ。
それは本来は商品として売り買いされるべきものではなかった。
「共同体の存立に不可欠のもの」である以上、電力もまた社会的共通資本として、道路や鉄道や上下水道や通信網と同じように、政治ともビジネスとも関係なく、専門家の専門的判断に基づいてクールにリアルに非情緒的に管理され、そのつどの最先端的なテクノロジーを取り込んで刷新されるべきものだったのである。
けれども、電力を管理したのは実質的には政治家と官僚とビジネスマンたちであった。
彼らは「共同体の存立と集団成員の幸福」というものを「自分たちの威信が高まり、権力が強化され、金が儲かる」という条件を満たす範囲内でしか認めなかった。

環境負荷の少ない、低コストの発電メカニズムの多様で自由なコンビネーションによって、「電気は自分が要るだけ、自分で調達する」という新しいエネルギーコンセプトが採用されるべき時期は熟していたのである。

それが果たされなかった。
旧来のビジネスモデルから受益している人々が既得権益の逸失を嫌ったからである。
原発は彼らの「切り札」であった。
国家的なプロジェクトとして、膨大な資金と人員と設備がなければ開発し維持運営できないものに電力を依存するという選択は、コストの問題でも、安全性の問題でもなく、「そうしておけば、離散型・ネットワーク型のエネルギーシステムへのシフトが決して起こらない」から採用されたのである。
もうこの先何も変わらない、変わらせないために、彼らは原発依存のエネルギー政策を採用したのである。
人々は忘れているが、原発というのは「イノベーションがもう絶対に起こらないテクノロジー」なのである。”

小国寡民のエネルギー政策 内田樹の研究室.

電力会社を守る仕組みに経済性、成長力があるか? “personal power plant のご提案 (内田樹の研究室)”

In Uncategorized on 2011/06/12 at 12:14

“…外部電力が停止しても、自家発電できるテクノロジーをガス会社はもっている(当たり前である)。
しかし、法律上の制約があって、電力会社からの送電が止まると、自家発電装置も止まるようにメカニズムが設計されているのである。

そういう話を聞くと、電力会社の「節電のお願い」をどうしてもまじめに聴く気にはなれないのである。”

引用元: personal power plant のご提案 (内田樹の研究室).

国を思うことに変わりはないでしょ。

In Uncategorized on 2011/06/05 at 18:48

新成長戦略の見直し作業が進んでいる。

エネルギーと経済に関する偏った見方が、大過を招いた記憶を呼びさませ。

国を思う役人さんたちよ、誤るな。

Map of South East Asia

Image via Wikipedia

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片手落ちの地図。新聞のセンス、または意図。あるいは地域の深層 への無頓着。

In Uncategorized on 2011/06/05 at 08:40

この地図ではわかり難いが、伊方原発から松山城まで約60km。
生々しい距離。

そして、中国電力が建設計画中の山口県上関原発との距離は、伊方と10kmぐらいしか変わらない。
つまり、松山城まで約70km。
忽那諸島までは約50km。
これも生々しい距離。

上関ー伊方間は、伊予灘を挟んで約40km。
このラインで瀬戸内海を遮断することが出来る。
もし、見えない、臭わない半永久的な立ち入り不能エリアがここに出来たら…

原発の特徴は、そういう想定が出来ること。
それを隠し、目を向けさせないことの恐ろしさ。

愛媛新聞さん、シリーズ第一回の、同じ地図に載せなきゃ。
センスが現れるよね〜。
「伊方原発」を捉える視座の広がり、奥行き。

(あるいはわざとか)
(話題に挙げるとしても、後半ちょろっと言及するぐらいかな。)
絞って解りやすくするフリで、より大きな問題から目を逸らせる方法って、あるしね。

僕たちは、1945年に松山の70km先で起きたことに、鈍感なのかもしれない。

最近、一層冴えてますね〜 大西 宏のマーケティング・エッセンス : 求められているのは「太陽光」ではなく「新しい電力」 – ライブドアブログ

In Uncategorized on 2011/06/01 at 15:56

そう。何事も道理を忘れずにいたいものです。

“重要なのは手段ではなく目的です。太陽光はひとつの手段にしか過ぎません。本当に必要なのは、原発に変わる新しいエネルギーです。事業定義と同じで、定義のしかたを間違うと政策も失敗します。

企業が太陽光に賭けることはいいのですが、政府は新エネルギー開発に関しては、カテゴリーを超えた競争の公平性をたもつべきだということを強調しておきます。”

悪平等ならぬ悪公平はダメだけど。

大西 宏のマーケティング・エッセンス : 求められているのは「太陽光」ではなく「新しい電力」 – ライブドアブログ.

これ、聞いてみたいですね。 “日本の「原子力村」の実情を世界に伝える”|河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり

In Uncategorized on 2011/05/28 at 09:52

要領よくまとめた報告と、「常識」ある反響だったことでしょう。

原子力村の人も、今ならまだ間に合いますヨ。

常識と道理を取り戻すのに。

“政治、官僚、学会、メディアが電力とどうつながってきたか、それぞれがどう利権に関わってきたか、日本の「原子力村」の現実は、外国の議員にとっては驚きだったようだ。

スイスの議員から、スイスでも同様の利権構造が存在するという話がでた。スイスでは、議会の決定を住民投票でひっくり返したそうだ。

日本に住んだことのあるイギリス人のジャーナリストが、なぜ、地域独占の電力会社があんなにコマーシャルを出すのか不思議に思っていたが、その謎が解けたと笑っていた。

コストに利益を載せて電力料金を決める総括原価方式の説明では会場から笑いが出た。いかに再生可能エネルギーのコストを下げるか、資本コストを削減するかという議論がグループセッションで行われている中で、コストがいくらかかっても利益を載せて料金で回収できるこのようなシステムがあることにびっくりすると同時に、これでは日本の再生可能エネルギーは進展しないねとみんな同情的だった。”

ブリュッセルで開催されているClimate Parliamentだそうです。

日本の「原子力村」の実情を世界に伝える|河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり.

どんな科学技術だって、何かを解決する代わりに。

In Uncategorized on 2011/05/15 at 20:46

どんな科学技術だって、何かを解決する代わりに新たに何処かに何かの犠牲を強いている。

科学技術が高度になるほど、寄せたしわが見えにくく、広範囲に、長いスパンになる。

産業革命以降、僕たちが学んだのは、それじゃないのか?

太陽光とか、風力とか、地熱とか、エコと言われるエネルギー技術でも同じなのだ。

しわ寄せ先と内容・程度、時間の違いだけなのだ。

それを見極め説明しながら推進する人は信用できる。

知っていながら隠して推進している人は、信用しない。

知らずに推進している人も、信用しない。

原子力と同じこと。

Standing Wave

Image via Wikipedia

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